東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)181号 判決
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
二 また、本願考案の奏する作用効果の顕著性の点を除き、請求の原因四1についても当事者間に争いがなく、右事実に前記当事者間に争いのない本願考案の要旨及び成立に争いのない甲第二号証の一(本願考案に係る昭和六一年五月一〇日付手続補正書)、二(本願考案に係る願書添附の図面)を総合すれば、従来の水産練製品のフイルム包装においては、包材に腰がないことからくる外観不良、ヒートシール層が厚いこと等によるフイルムの透明性の不足、内部に水滴が凝集することに基づく内容物の劣化等の欠点があつたこと(同号証の一の全文訂正明細書三頁一一行ないし二〇行)、本願考案は、これらの問題点を解決して、優れた外観を呈し、曇り等を生じることなく内部を透視し得るばかりでなく、包装時の鮮度を長時間安定に保ち得るような包装された水産練製品を提供することを目的として(四頁一行ないし六行)、前記本願考案の要旨(実用新案登録請求の範囲第一項の記載に同じ。)のとおりの構成を採択したものであることが認められる。
三 取消事由に対する判断
1 引用例に審決の理由の要点2摘示のとおりの内容の記載があること、右に記載されたものと本願考案とは、前者が後者の具える相違点(1)及び(2)の構成についての開示がない点を除き、構成上に差異がないこと、審決が相違点(1)に関し指摘するとおり(同4(一))、引用例記載のフイルムも水産練製品の包装に使用し得るものであり、また、フイルムとの間に一定の空間を保持して包装する点も水産練製品の包装形態として周知のものであつたこと、以上の点は当事者間に争いがない。
2 また、成立に争いのない甲第四号証(特開昭五四―一四八四七七号公報)には、「一般に含水性食品を包装する食品包装用フイルムにおいては食品中に含有される水分、あるいは食品表面に付着した水分によつて、包装フイルム内面に水滴による曇りを生じ外観等に悪影響が生ずる。この現象は、一般に食品包装用に用いられるフイルムがポリエチレン等のきわめて疎水性であることに起因している。すなわち、これら包装材料によつて包装された含水性食品袋においては、温度、湿度等の変化に応じて水分が表面を均一にぬらすことなく細かな水滴として袋内面に付着し袋全面にわたつて曇りを生ずる。このような袋は外観上不透明となり、商品としての食品の価値を低下させてしまう。これらの不透明になる現象すなわち曇化性を改善するためには、ポリオレフイン樹脂等と比較的相溶性のよい非イオン性の界面活性剤を混練し成膜するかあるいは袋内面に当る面にコーテイングを行うことが一般的である。」(一頁右下欄下から七行ないし二頁左上欄一一行)との記載があることが認められ、また、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三(昭和四五年八月一〇日、化学工業社発行の「プラスチツクおよびゴム用添加剤実用便覧」)には、「帯電防止剤は……フイルムに適用された場合は無滴性をも向上させることができる……。最近食品包装用に用いられるプラスチツクフイルムの……曇りの発生が重大な障害と考えられるようになつてきた。これは外気の気温の上下によつて空気中の水蒸気が過飽和になり、フイルム面が露点以下になると凝結して微小水滴となつて表面を覆う現象である。このような曇りの発生は、透明フイルムを不透明にして内部の食品などを見えなくするばかりでなく、食品自体もいたみやすくする悪影響をもつものである。」(三七六頁三行ないし九行)との記載があり、この記載は、フイルム包装による水産練製品保存技術にも妥当するものであることが認められる(なお、甲第四号証にいう「界面活性剤」又は乙第一号証の二にいう「帯電防止剤」が本願考案の「防曇剤」に相当するものであることは当事者間に争いがない。)。右各記載に徴すれば、含水性食品を内部に空隙をもたせてフイルム包装する場合には、食品中に含有された水分によつてフイルム内面に凝滴が形成されて曇りが生じ、このような曇りが、フイルムの透視性を阻害するばかりか包装された食品をいたみやすくするという悪影響を及ぼすことが当業者に周知の事項であつたこと及び右のようなフイルムの曇りを防止するために、フイルム中に防曇剤を配合等することが、本願出願以前からの当業界における周知慣用の手段であつたことが認められる。
3 右1、2によれば、フイルムとの間に一定の空間を保持した状態で水産練製品を包装する周知の包装形態において、当然に予想されるフイルム内面の曇り(凝滴の形成)の発生に対処するため、そのフイルム表面がウエツチングテンシヨン四〇ダイン/cmという高い表面活性(この点が凝滴の形成を抑制する作用をすることにつき、当事者間に争いがない。)を有する引用例記載のフイルムに、前記のとおり、本願出願以前からフイルムの曇りを防止するための周知慣用の手段であつたと認められる、フイルム中に防曇剤を配合するという技術的手段を併用する程度のことは、当業者が格別の困難性なくなし得ることにすぎないものといわざるを得ない(なお、包装に際し、ウエツチングテンシヨンを高くしたフイルム表面を水産練製品に接するようにする点も、その目的からして当然の構成にすぎない。)。
この点に関し、原告は、本願出願当時における水産練製品のフイルム包装の分野の技術水準においては、フイルムの透過性を得る目的で防曇剤を使用することが技術的手段として周知であつたにとどまり、本願考案のように、水産練製品の保存性を向上させる目的で防曇剤を使用する技術的手段が一般的であつたとはいえない旨主張し、その裏付けとして甲第五ないし第八号証を提出するが、前記のとおり、甲第四号証及び乙第一号証の二の記載によれば、本願出願以前においても、食品包装フイルムにおける曇りの発生が、フイルムの透視性を阻害するばかりでなく、内容物の劣化を来す原因ともなることが当業者に明らかであつたと認められる以上、右甲第五ないし第八号証は、フイルムの透視性の向上のみでなく、水産練製品の保存性の向上をも目的として防曇剤を配合した相違点(2)に関する本願考案の構成を着想することの困難性を肯定する根拠となるものでなく、原告の右主張は採用することはできない。
4 また、原告は、本願明細書の実施例及び比較例の記載などを援用して、本願考案が、(イ)基体フイルム層とヒートシール層からなり、これを複合状態で少なくとも一方向に延伸した積層フイルムで(積層・延伸要件)、(ロ)水産練製品に接する側のヒートシール層の表面のウエツチングテンシヨンが三六ダイン/cm以上あり、(ウエツチングテンシヨン要件)、(ハ)基体フイルム層及びヒートシール層の少なくとも一方に防曇剤を配合する(防曇剤配合要件)という要件を組合せたフイルムの構成を採択したことにより、フイルムの防曇性及びこれによるフイルムの透視性、水産練製品の保存性の点で、従来の個々の技術からは予測し得ない顕著な相乗的作用効果を奏し得たものである旨主張する。しかしながら、
(一) 前掲甲第二号証の一によれば、本願考案のフイルムの防曇性及びこれによるフイルムの透視性、水産練製品の保存性を向上させるための要件に関し、本願明細書には、「本考案においては基体フイルム層あるいはヒートシール層の少なくともいずれか一方に防曇剤を配合することにより水産練製品の包装状態で防曇効果を発揮させることが必要である。」(全文訂正明細書六頁一四行ないし一七行)、「防曇剤としては、多価アルコールの脂肪酸エステル類……など適宜使用する。その配合量は最終的に防曇性を示す範囲で少ない方が好ましい……、その全部あるいは一部を基体フイルム層に含有させるのが通常であるが、ヒートシール層だけに配合してもよい。」(同頁一八行ないし七頁八行)、「フイルムの、水産練製品に接する側の面を、公知の表面処理方法(例えばコロナ放電処理、酸処理、火炎処理など)により三六ダイン/cm以上のウエツチングテンシヨンになるように処理する。」(八頁六行ないし一一行)、「内部表面のウエツチングテンシヨンが三六ダイン/cm以上であり、且つ防曇剤を含んでいるので防曇効果が大であり、内容物の乾燥による品いたみあるいは水滴による内容物の劣化などの弊害も無くなり品質の保持が容易である。」(一〇頁一〇行ないし一五行)との記載があることが認められ、右各記載によれば、前記(ロ)及び(ハ)の要件がフイルムの防曇効果及びこれによるフイルムの透視性、水産練製品の保存性の向上に関係するものであることが明記されているが、同号証によつても、前記(イ)の要件とフイルムの防曇性及びこれによるフイルムの透視性、水産練製品の保存性との関連に関する明確な記載はないことが認められる(かえつて、本願明細書や前掲甲第三号証の記載に徴すれば、(イ)の要件は、主に、本願考案の他の効果、すなわちフイルム自体の腰の強さや透明性との関係で採択されたものであることが窺われる。)。
(二) また、原告が援用する本願明細書の実施例及び比較例などに関する記載についてみるに、前掲甲第二号証の一によれば、本願明細書には、焼ちくわを(イ)ないし(ハ)の要件を充足するフイルム(実施例1、2)並びに(イ)のうち積層要件及び(ロ)、(ハ)の各要件の一部を欠くフイルム(比較例1ないし6、このうち比較例3が引用例の構成に近似する。)でそれぞれ包装した場合のフイルムの透視性及び焼ちくわの保存性に関する実験結果が示されており、本願明細書中には当該フイルムが(イ)のうち延伸要件を欠く場合の実験結果に関する記載はないものの、成立に争いのない甲第九号証によれば、(イ)の積層及び延伸要件のいずれをも欠く場合に関する実験結果(比較例7)を認めることができる。これによれば、透視性、保存性のいずれについても、本願考案の実施例1、2が比較例1ないし7より良い結果を奏しているものと認められないではない。しかし、前記2及び3に述べたように、引用例の構成に相違点(2)の構成、すなわち防曇剤の配合を適用することが困難でないものと認められるのであるから、特段の反証がない以上、右の効果は、引用例に開示された前記(ロ)のウエツチングテンシヨン要件と周知の前記(ハ)の防曇剤配合要件のそれぞれの効果の総和の域を出でず、予測の範囲内にあるものというべきである。
しかして、前掲甲第二号証の一の記載や前記当事者間に争いのない本願考案の要旨に徴すれば、本願考案は、基体フイルム層を熱可塑性重合体フイルム層、ヒートシール層を重合体フイルム層とするのみで、その組成を特定のものに限定するものではなく、また、ウエツチングテンシヨンや防曇剤の配合の点についても、前者につき三六ダイン/cm以上とするものの上限について特に限定しておらず、後者については、その配合量を何ら限定するものではないことが認められる(なお、発明の詳細な説明中には、ウエツチングテンシヨンについて「三六ダイン/cm以上、好ましくは三八ダイン/cm以上」(全文訂正明細書八頁九行ないし一〇行)、防曇剤の配合量について「通常〇・一~一〇重量%……、好ましくは〇・二ないし五重量%であり、……多くとも……五〇重量%以下に抑えるべきである。」(七頁三行ないし一三行)との記載があるにすぎない)。そして、同号証によれば、前記の本願明細書に記載された実施例及び比較例は、いずれも、基体フイルム層につき、アイソタクチツクポリプロピレン又はポリプロピレンフイルム、ヒートシール層につき、プロピレン・ブテン共重合体(ブテン一五重量%)又はポリエチレンフイルム、コロナ放電処理をした場合のヒートシール層のウエツチングテンシヨンにつき、三八又は三九ダイン/cm、防曇剤の配合量につき、二又は三%(重量%のことであると解される。)という、前記三要件に限定を加えた特定事例に関するものであることが認められるから仮に実施例1、2の効果が他の比較例に比し顕著であると認める余地があるとしても、それはあくまで右特定の事例に関する結果にすぎないというべきであつて、前記のように、各構成要件につき限定的要素の少ない本願考案において、常に右のような効果を奏するものと断定することはできない。例えば、前記のように、本願明細書の考案の詳細な説明の項には、防曇剤の好ましい配合量が記載されているが、その範囲内で防曇剤の配合量を右実施例の二又は三%より更に少なくした場合又は好ましいとされている範囲外の量を配合した場合(本願考案の要旨において、防曇剤の配合量について限定がない以上このような配合も排斥されない。)においても、右同様の効果を奏し得るか否かは不明というほかないのである。
したがつて、右の程度の実験により、本願考案に含まれる三要件に該当するすべての事例にそのような作用効果があるものと断定することはできないというほかなく、これらの実験結果をもつて、本願考案に個々の技術からは予測することができない顕著な相乗的作用効果が生じるとする根拠にすることはできない。他に、前掲甲第二号証の一、二の全記載をもつても、本願考案において、格別予測を超えるような顕著な作用効果の存在を確認することはできない(なお、原告は、本願考案が予測を超える作用効果を奏する理由についても主張している(請求の原因四2(三))が、これは原告も自認するとおり仮説にすぎず、これを確定的に裏付ける証拠もないから、この点を理由として、本願考案にその主張のような作用効果があることを認めることができないことはいうまでもない。)。
5 そうであれば、原告主張の審決取消事由は理由がなく、審決の認定判断は正当であるというべきである。
三 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却する。
〔編注〕本願登録請求の範囲第一項に記載された考案の要旨は左のとおりである。
基体フイルム層を構成する熱可塑性重合体フイルム層の少なくとも片面にヒートシート層を構成する重合体フイルム層を複合し、該複合した状態で少なくとも一方向に延伸された基体フイルム層とヒートシール層からなると共に、該基体フイルム層およびヒートシール層の少なくとも一方に防曇剤が配合され、かつ包装されるべき水産練製品に接する側の上記ヒートシール層の表面がウエツチングテンシヨン三六ダイン/cm以上である複合フイルムにより、水産練製品を一定の空間を保持して包装したことを特徴とする包装された水産練製品。